リーダーシップとは(前編)

久しぶりの更新です。

 

今回は私の考える理想のリーダーシップ性と、そのマインドについて書きました。

 

みなさんは、何かしらの場面でリーダーとしての役割を担ったことはありますか。

私は高校の時にHR委員長、大学の時にバイトリーダーとサークル長を務めた経験があります。

高校生になるまでは1度たりともそのような立場になったことが無かったし、むしろ言い方は悪いが、脇役的な存在でいたため、初めてのリーダー経験は少し緊張するものでした。

 

委員長の仕事ってなんだろう。

初めてクラスを先導する立場になって考えたことは、そのことばかりでした。

単にみんなの代表として与えられた仕事を遂行していくことだけで、リーダーとして認められるのか?

そのような悩みを抱えることも少なくありませんでした。

みんなから信頼を得て、みんなを引っ張っていくにはどうしたら近道になるんだろうと。

 

結局高校の頃に、その"答え"を見つけることは出来ませんでした。

自分なりに必死になって考えたのは

①周りからの好意を得ること

②与えられた仕事を確実に遂行すること

③積極的な発言を行うこと(とにかく目立つこと)

④勉強面で周りより秀でること

これら4つでした。

ただ単にHR委員長という肩書きを持った一般生徒みたいな感じ。

当時は自身を客観視できていませんでしたが、今省みると自分はそのような感じだったのかなと思っています。

 

大学生になってからの、バイトリーダーやサークル長というリーダー的存在になった場面

高校の時になんとなく感じたリーダーとしての違和感を、自分なりに追究することにしました。

 

高校の頃にリーダーという立場を経験していたため、物怖じすることはあまりありませんでした。

目標として抱えていたことは

①+αの行動を行う

②受動性を少なくして、能動性を多くする

③一人ひとりとのコミュニケーションを大事にする

の3つでした。

 

結局、手応えらしきものを感じることはありませんでした😅

そんな試行錯誤と自己反省から得られたもの、すなわちリーダーシップの本質とはどのようなものなのか

後編に続きを記そうと思います。

 

 

 

 

無駄遣いとは

みなさんはついついコンビニでお菓子やジュース、アイスなどを買ったりしていませんか?

コンビニで売られている飲食物はスーパーのそれの1.2~1.5倍ほどで価格設定されています。

 

では逆にスーパーなどで、安いからといって衝動買いをしていたりはしませんか?

常にその時その時のニーズにちゃんと向き合うことが必要です。要らないものは買わない。

 

無駄遣いをすると、当然ながらお金が減ります。そしていざという時にお金が無いと、困りますよね。簡単にいうとQOLが下がるのです。

ものを買って一時的に快楽を得たとしても、そのあとのQOLが下がるくらいであれば、その時は我慢するべきです。

 

これを日常生活の様々な場面に写像してみると、「引き際」と「攻め際」の線引きがいたるところで見られます。たとえば、アルバイトと学業子両立、食生活とストレス、人間関係だってそうです。何事も我慢するだけが良いことではないですが、QOLとニーズ対応の見分けが必要になってきますね。

 

 

人生のモチベーション

私は感情の起伏が激しい方である。

高揚するときもあれば、落ち込むときもある。

 

もちろん、すべての人にも(一概に言っていいわけではないが)同じような体験はあるだろう。

高揚しているときは、すべての出来事がポジティブに見える。落ち込んでいるときは、たくさん悩んで自分に余裕がなくなってくる。

 

それら両方があって人生である。

「人生が上手くいってるな~」と感じる人の中には、心のどこかで「このままで大丈夫なのか?」と思っている人もいるだろう。

それは人生においてネガティブなイベントが起こるのではないか(もしくは、変な言い方だが、ネガティブなイベントを求めているのではないか)という人間の防衛本能からくるものであると考えている。

逆に、落ち込みきっている人間が一縷の希望を夢見たとき、かなり気分が良くなることだってあるだろう。これも人間の防衛本能が働いている。

 

月並みなことばだが、「上手くいく日もあれば、その逆も必ずある」のは各々よく解っていることである。

人生のモチベーションを保ち続けるために、つねに自分の中にある「防衛本能」を働かせ続けよう。

有能か無能か

「有能」と「無能」という言葉がある。

人生とは過酷なもので、様々なシチュエーションで「有能である」とか「無能である」とかという評価が下される。

前者は賞賛されがちである一方、後者は軽蔑されがちである。

 

そもそも両方とも生まれ持ったパーソナリティ、アイデンティティである。これは紛れもない事実だが、後天的に変わりうる性質も持ち合わせていると私は考えている。

 

たとえば、ものすごく作業効率の悪い仕事をしている同僚がいたとする。

一見するとその同僚は無能な人物であると判断されるかもしれないが、その同僚は周りの人の働き方を参考にして、作業効率をあげるノウハウを考えつく「有能」な思考力を持っているかもしれない。その有能な思考力を以て、たちまち他のワーカーよりも作業効率が高くなったとしたらどうだろう。有能な人物だと判断されるのではないだろうか?

 

大事なのは先天性の「有能か無能か議論」ではなく、後天性の「可能性」であると考える。

 

もし今のあなたが、自身を「無能である」と感じているとしたならば、自分を変えるために不断の努力をしよう。

他の人より物覚えが悪いと思うなら、その分人より早く取り掛かる、人よりたくさん時間をかける。

他の人より得意なことが少ないと感じるなら、色んなことに挑戦する。

そうじゃないと一人前ではないのだから、絶えず努力を続けよう。

 

自身を無能であると卑下するくらいであれば、むしろ自身は有能であると傲慢になるくらいがいい。腐ったマインドを持つより、豪胆さを持っている方が、あなたの人生をより充実させるでしょう。

 

いま、「有能」な人間になる瞬間です。

初めてのブログ

初めてのブログ投稿をおこないます。

 

ブログを始めた動機は次の2つです。

①自分の価値観と経験を共有したい

②ブログ投稿を通じた自己開示による、人生規模でのモチベーションを維持したい

 

拙い表現や偏った価値観などが散見されるかもしれませんが、暖かい目で見ていただけると幸いです。

 

投稿内容は主に価値観と経験の共有、自己啓発から日記などの幅広いジャンルを発信する方針です。不定期更新となります。お時間のある方は是非ご覧ください。